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8月も半ば

  • 2019/08/11

7月の日記が書き終わらないまま、もう8月だった。知ってた。

7月も8月もいろいろなことがあったな(と書かなかった日々のことはもう書けないとあきらめる)、しかしこの数日はとにかく暑い。アイスを食べて何とかしのいでいるが、これは内臓によくない、と知っている。それでも食べずにはいられない、ダメな私だ。飴とアイス。そればかり。ダメだなあ、本当に。しっかりしなければ。

睡眠障害。よく眠れない日は継続中。こんなに寝ないでも元気なのは変なので、昼間目を開けたまま眠っているのかも。歩きながら寝ることもあるように思う。

たまに時間があると録画しているドラマを見る。山田太一脚本「想い出づくり。」は古手川祐子さん、田中裕子さん、森昌子さんがそれぞれ美しい。そして登場する男性がどいつもこいつもヒドくて辛くなる。目を覆いたくなる程、ヒドい。ドイヒーですよ、こいつら。これから彼らはどんな形で優しさや愛や、生き様を見せてくれるのだろう、そんなことを考えながら見ている。

イギリスのテレビ番組で、選抜された一般の方がお菓子作りを競う「ブリティッシュベイクオフ」。最近はこの番組が面白くて、楽しみにしている。「プロジェクト・ランウェイ」が終わってしまって私はいったいどうすれば・・・と思っていた矢先に、この番組。文字通り老若男女が与えられたテーマに沿ってお菓子を作るというだけのごくごくシンプルな番組なのだが、すごくいい。穏やかで、素敵な番組だ。私もおかし作りが好きだから、出来上がるまでの過程に(成功か?失敗か?膨らむのか?こげるのか?みたいなところ)に非常にワクワクする。しかし私は困ったことに作るのは好きだけど、できあがったお菓子にそんなに興味がないのだ。できてしまえば、もう他人。だから、作ったら友人にプレゼントする。私には何事にもそういうところがある。

今日は友達の命日だ。元気でいるだろうか。

7月の日記4 ミクニヤナイハラプロジェクト「日々」

  • 2019/07/26

7月14日 日曜日

朝、雨。

横浜駅へ。高速バスに乗る。

ミクニヤナイハラプロジェクトのパフォーマンス「日々」を観るため市原の湖畔美術館へ。

バスは海を渡り、千葉県へ。子供の頃千葉に住んでいたが、千葉はとても広いということです。私が住んでいたのは柏市、東葛飾エリア、こちらの方には馴染みがない(なので、「東葛スポーツ」という名前にはとてもシンパシーを感じている、関係ないけど)。

美術館は湖畔にあった。そりゃそうだ。緑が深い。森の繁りに勢いがあって気持ちがいい。霧雨の中、美術館の芝生をふむ。

美術館の敷地の中にあるピザレストランは繁盛していた。ここでコーヒーでも飲もうと思ったが、1時間程度待つとのこと。名物だというジェラートをテイクアウトして外で食べる。寒い、けれど、最高に美味しい。あと2個ぐらい食べられそうな美味しさだった。

パフォーマンス「日々」は、美術館の企画展「更級日記考 女性たちの、想像の部屋」の中のもの。橋本和加子さんと八木光太郎さん、どちらも魅力的で面白かった。可愛いし二人とも。キュートっていうのかなあ!

そして書かれた言葉が近い。ミクニさんの言葉は自分の体の中にしみこむ。歩いて、考えて、東京から離れて、すごくなんだか豊かな時間だった。

バスで東京へ。千葉から東京に行く便はほぼ満員だった。

夜、横浜。

 

この、ビスケットも美味しいかった。また食べたいなあ。

7月の日記3 

  • 2019/07/17

7月9日火曜日

 

選挙が近づいているので、公約などを読む。なるほど。ネットが普及して、公約などがわかりやすく自分の手に届くようになった。今回はどの政党を応援するのか、この人たちのことは全く信用していないぞ、この人個人をなんとかしたいなど、たくさんの要素を総合して1票を投じなければな。政見放送も見る。これは毎回いろいろな意味で味わい深いものもあるけども、それも含めてなかなか見応えがあるのでたくさんの人に見てほしい。そして共有したい。選挙は欠かさない。両親の教えでもある。子どもの頃から「選挙は何が何でもいくように」と言われてきたので、行くことが当たり前になっている。

公約、だまされてはならないよ。たくさんの弱き者、私も含め、たくさんの小さな者のため、そして子供達のために考えなくては。

街を歩くと、目は盗まれた自転車を探している。ないね。

ヨガに行く。ヨガのポーズの名前はやっぱり面白いなあ。山のポーズって、全然動かない。ただ立っているだけなのだけど、先生や雑誌曰く、それが1番難しいとのこと。

 

7月10日水曜日

 

とある報道を読む。裁判の記録である。どうしても許せない。怒りが湧き上がってくる。これをなかったことにしてはならない、と自分の中で怒鳴っている。許せないのだ、どうしても。許せない。落ち着こう、落ち着いてきちんと情報を取り入れよう。でも、どうしても、やっぱり許せない。

昨日の夕食後気管が狭まった感触がひどく、思い切って食物アレルギー検査をしに病院へ。先生に「昨日は何を食べましたか?」と聞かれ、「あれとあれとあれと…」と答えたところ、「やばいものばかりですね」と言われた。アレルゲンの可能性が高いものばっかり食べてるってことか。

結果は1週間後とのこと。ずっとやってみたかったのだ。楽しみだな。

夜とあるミーティングに参加。

 

7月11日木曜日

 

雨がそぼ降る中、神宮球場へ。数ヶ月前から楽しみにしていたイベント、ヤクルトスワローズの記念試合ドリームマッチへ。往年の選手、スターたちが集った。なんとガイエルもいた。若松監督の若さ、野村監督の雄姿やぼやき、そしてその横に寄り添う古田さんにもグッときたけど、それ以上のやたら大きなものに包まれてしまって終始涙の観戦となった。

神宮球場はほぼ満員。たくさんのファン。ペナントレースとは違う、ぽかんと空に浮いたようなのんびりとした一日。皆幸せそうだ。私は何を見ているのかな。選手かな、ファンの顔かな、それともこの世界かな。

私たちは日々の中拠り所を求める。探し、見つけ、語り、落ち着き、離れたくなくなる。時間を止めたくなる。でもわかっている。いつもここから進まなければいけないのだと考える。

自転車を買わなくてはなと調べ始める。先に進もう。

 

7月13日土曜日

 

朝知らない携帯の番号から電話がある。

「警察署のものですが、自転車の盗難届出されてますよね?」

見つかった。驚いた。乗り捨ててありました。隣町の高架下近く。取りに行く。家からは歩いて20分程度のところ、自転車は路地に乗り捨てられていた。その路地にある家の方が「邪魔だったから」と警察に通報してくださって見つかったとのことで、お礼をいう。「見つかってよかったねえ」と優しく声をかけてくださった。いい方だ。捨てる神あれば拾う神ありだ。そしてあのスーパーボランティアの方に顔がどことなく似ている。ありがとうございました。

そのあと警官さんが「科捜研の女」よろしく自転車の指紋を採取したり、訂正印を含め10箇所以上書類にハンコを押したり、といろいろあった。家で仕事をするはずだったが、自転車がらみでバタバタした1日だった。しかし、私の元に自転車は帰ってきた。よかった。ただただよかった。

盗まれて、すぐに見つかるなんて日頃の行いがよかったのだろうか?と思った瞬間、そもそも盗難にあっているのだから行いがよかったわけでは決してないなと思い返す。すぐそうやって自分を正当化する!自分にめっぽう甘いのだ、私は。

 

 

 

 

7月の日記2 「プラータナー」のこと/自転車

  • 2019/07/07

 

 

7月5日 金曜日

「プラータナー:憑依のポートレート」を観に池袋の東京芸術劇場へ。

この舞台についてtwitterなどでは様々な感想や舞台写真が掲載されていたのだが、それは基本何も見ないようにする。感想を先に知るのが何だか勿体無い気がしちゃって。貧乏性なのかな。自分の目でまずは見てみたい。上演時間が4時間ということ、演出がチェルフィッチュの岡田(利規)さんだということ、俳優が全員タイの方だということぐらいは知っていたのでそれでいいやと。「知らな過ぎだろ!」とも思いつつ、でもちょっと乱暴な、そういう気分だったのだ。

追加公演ということで、朝11時からの上演。早起きのわたしにはありがたい時間設定。舞台休憩がそのままランチの時間になるのだろうということでコンビニでバナナを買っていく。バナナ持参の劇場入りとは、まるで自分が舞台に出演するときのようだ。

4時間を堪能する。観終わって思ったのは、すごくよかった、観ると決めて本当によかったということ、そして、この諸手を挙げて感動とかではない浮遊する気持ちの置き場のなさ、だった。うまく言葉にできない、誰とも共有できない、自分が正しいのか間違っているのかわからないけど、ちゃんと自分の言葉や感覚で判断しよう、ぼんやりした頭と身体でそう思った。帰り道もずっと考えていた。まずタイの俳優さんがとても魅力的だった。身体も、声も、映画も、動きも、全てに釘付けだった。みんな可愛い。チャーミング。ずっと観ていたい。そして岡田さんの演出はものすごくかっこよかった。岡田さんの目が私たち観客の目になって、同じものを観ている瞬間がずっと続いている気がした。岡田=わたし。それは今まで感じたことなかった感覚な気がした。その同化とはまた別に、急に岡田さんの目がレンズとなり、そこに描かれている世界は異国の映画となっていた。いきなりピョーンと飛躍していくのが、感覚的ですごく面白くて興奮する。岡田さんってどうなってるのかな、頭の中。稽古を見てみたい、そしてどんな風にこの世界が構築されたのか目撃したい。それは藤谷香子さんの衣装もcontact Gonzoの塚原悠也さんの振付もすごくよくて、なんというか、語彙なくて恥ずかしいんだけど、全体通してめちゃくちゃよかったのだ!でも、わたしはそのことに全然喜べない自分に気がついてもいて、それが何なのかと考えていた。

それはようやく自分の中で言葉になりつつあって、それはやっぱりどうしたってウティット・ヘーマムーンさんの書いた「プラータナー」という原作の存在だ。この原作小説に書かれているものがあまりにきつい。もう本当に苦しかった。それは何も主人公の内面描写や性描写がきついということでは全然なくて、書かれた言葉の先にある、結果的に追い詰められる「生」について、わたし自身が対峙しなくてはいけないという現実に。そこをすっ飛ばしてこの作品を「わー素晴らしい!」とか軽々しく言えねえよって思ったのだ。タイという国の政治情勢、苦しむ若者の性、消えてしまう命、生きづらい、とにかく生きづらい、そんないろんな要素が複雑に絡み合っているこの舞台。わたしはタイの国が抱えている問題を何も知らない。しかしここに存在する全ての瞬間を自分のこととして、置換して考えてしまう。この国で(タイで→日本)で、弱い存在である私たちはどうやって生きていけばいいのだろう。世の中から絶対になくならない闇についてわたしはどのような考えを表明すべきなのかだろう。それは別に他人へ表明するということではなく自分自身の生きるための意思としてどう考えればいいのかと、突きつけられる。だから、この舞台と向き合うのが怖いのだ。小説、怖くて読めない…。きっと身体も心も持って行かれてしまうにきまっている。それが耐えられるのか。「傑作です!」って晴れやかに言えるのか、自分が心配なんだ。別に言えなくていいのか?でも自分のくせとして、やっぱり観たものに何かしらの決着をつけたいのかも。

後半、ある若者の死が描かれる。その物語が悲しくてずっと寂しい。書いている今も泣きそう。死なないで欲しかった。物語(フィクション)に対して、そんな馬鹿げた感想あるかね?でもね、無責任なこと思ったんだけど、わたし以外の観客の多くの人が同じ気持ちになったんじゃないかな。「死なないで欲しかった」と。だからといって「物語の中で人が死ぬのに辟易している」という意味では全然なくて、「彼」が死んでしまうことが、本当に残念だと思ったのだ。で、その寂しさ、心持ちがずっと続いている。死が近い、わたしにもあなたにもって感じ。こんな悲しい死は舞台上ではなく日常にあるのだと、自分は他の誰れ彼と同じように寄辺ない存在だと、皆気がついているのかもしれないな。

考えながら、帰宅。時間が経って、少しずつ冷静に考えられるようになる。隣駅で途中下車して買い物をする。夕食はたこを食べる。アピチャッポンに続いてのタイ。全然違うものだけど、寄り添ってもいる。世界が広がり、思考が進み、遠くにあったものを身近に感じる。

どちらもよかったな。観てよかったな。やっぱり小説、読んでみよう。

メモのつもりだったが長くなってしまった。読み返し、全然うまいこと書けていないと思う。仕方ない。

 

7月6日 土曜日

自転車を盗まれる!ショック!自転車屋の孫なのに(関係ないけど)。

 

7月の日記1

  • 2019/07/05

最近、ふと日々のことをごっそり忘れてしまう。気がつくと全然覚えていない。何をしていたのか何を食べたのか、忘れてしまう。

 

7月1日

横浜のここのみ鍼灸院へ。ここでセンセイに鍼をブスブス打たれている時、私は気持ちよくてほぼパーセントの勢いで眠ってしまう。ゴールデンスランバー。夜、映画「ひまわり」を30分位見て眠ってしまった。面白くなかったわけでは全然ないので、続きはまた見る。

 

7月2日

録画してあるドラマの「高原へいらっしゃい」(1976年/田宮二郎主演)第11回を観る。田宮二郎扮する面川が自分に課した規律を破り堕ちて行くシーンを見て、もうとても落ち込んでしまった。面川!頼むから踏ん張ってくれ!と心の中で応援していたのに、目の前で裏切られた…いや別にいいんだよな裏切られても、ドラマだから…と思いつつも、なかなか気持ちが戻ってこない。

 

7月3日

タイの映画監督アピチャッポンの演劇作品「フィーバー・ルーム」を観に池袋へ。

見ている最中脳内がいくつか分かれている感覚になりなかなか集中できない。でも例え集中しなくても、舞台のことを真剣に考えなくても、(当たり前だけど)誰にも怒られないような気持ち、おおらかな優しさをずっと感じていて、それは映画作品にも通じるというか…アピチャッポンさん本人の懐の深さかも!とか勝手に解釈する。映像部分、上下スクリーンに映し出されたただの道。海上の船から撮影しているであろう道の映像がよかったなあと思ったのは、その道がいわきの江名というところの風景にとてもよく似ていたからである。あの映像の姿、すごくよかったなあ。

7月5日

食事をしながら「高原へいらっしゃい」第12回を観る。前田吟さんがずっと怒鳴っているシーンがあり、見ていてすごく落ち込んだ。単純に怒鳴っている人を見るのが苦手なのかもな。前回今回と私は落ち込んでばかりだが、すごく面白いドラマだ。若き池波志乃さんが本当に可愛い。「おばやん」と呼ばれている北林谷栄さんもすごく素敵だ。テーマソングは小室等さんで作詞が谷川俊太郎さん、演奏がムーンライダーズ。1976年、私の生まれた年である。

ベランダのゴーヤを初収穫し、ゴーヤチャンプルーを作った。

長い文章を書いてみて

  • 2019/06/28

「西へ」と題した長文を書き終えた。

急にどうしたのかというぐらいの分量を書いてしまった。何かしら書かないとこのまま何も書けなくなるのではないかという危機感もあったし、どんどん忘れていってしまう日々の記録の意味も込めて書いてみることにした。始まってみると楽しかった。書くことが好きだなと久しぶりに思えたのでよかった。一番好きなことかもしれない。

またぼちぼちここに駄文を載せていこうと思う。

 

西へ4

  • 2019/06/26

<前回のあらすじ>

MさんSちゃん夫婦に導かれ、京都で美味しいお茶を飲む。

 

ーーー

二人とは四条通り沿いのApplestoreの前で別れ、次に会う友人との待ち合わせ場所である河原町交差点のマルイ前へ。約束の時間より少し早くついたので散策することに。リュックが重いものの、東側へ歩く。鴨川まで来た。川沿いにはたくさんのカップル、川床で食事する人たち。その光景を橋の上から眺める。急にここにいることが信じられなくなった。私は今なぜ鴨川を眺めているのか、よくわからない。マルイに戻り、会ったのは友人の牛尾千聖ちゃん。今年関西に越したので会いに来たというのが今回の旅の目的の一つ。目が会った瞬間、つい笑ってしまう。

牛尾さんが鴨川にほど近いおばんさい屋さんを予約していてくれた。こじんまりした素敵なお店だ。今回お店を探すにあたっての決めては「なにがなんでも生麩のある店」だったとのことで、それではと生麩田楽を注文する。確かに生麩は美味いよね。にちゃにちゃした食感がいい。相当好みの食べ物だ。こんなに素敵な食べ物が実はただのグルテンの塊だなんてなあ。グルテンフリーの人が間違って生麩を食べて落ち込みませんように。生麩はもちろん美味しかったし、その他出てきた料理全て美味しい。ビールを飲みながら二人で食べまくる。今日のように、そう、東京でも何かといえば二人でよく飲みに行った。我々の飲み会は結果としては焼鳥8、タイ料理2という数字。よくぞそんなにいろんな焼鳥屋にチャレンジするなというぐらい私たちは焼鳥だった。軟骨(牛尾さんナンバーワン焼鳥)や砂肝(笠木ナンバーワン焼鳥)を目の前にして、くだらない話に真面目な話に忙しかった。今日も忙しい。何せ久しぶりだからどうでもいい話のストックが溜まっているのだ。まあ、そんなに久しぶりじゃないかもしれないけどやっぱり久しぶりな気がするし、ここが京都というだけで何だか少し照れるという気持ちもあってかずいぶんと酔いも進む。

久しぶりの牛尾さん。おでこが光っている。

 

店を出て、今日は牛尾さんのご自宅に泊めてもらうことになっていた。家の玄関を開けると、牛尾さんの愛犬・ジダンがいきなり私に突進してきた。尻尾を振りまくって、大興奮。私によじ登ろうとし、幾度も幾度もジャンプをする。その後わーっと部屋を走り回って、また私によじ登ろうとするを繰り返す。その勢いに面食らう私。犬ってこんななの?もちろん性格もあるのでしょうが、パワーがすごい。ストレートに向かってくるその愛情にノックアウト。可愛いったらありゃしないなこりゃ。その後牛尾さんの旦那さんであるヤマちゃんと3人で飲む。さらにどうでもいい話、くだらない話に花が咲く。ギャーギャー騒ぐ私たちをちょっと困った顔をしつつも優しく見守るヤマちゃんであった。

ちなみに私の家の猫(ナフルとテーオ)は来客があるとベッドの下に隠れて一切出てこなくなってしまう臆病者だ。テーオに至っては10年以上一緒にいるのにまだ私に懐いていない気配すらある。毎日私の顔を見ては走って逃げてしまう。逆にストレート。愛情なし。どうなってんのよと思うけど、そんなところが可愛い。全然言うことも聞かないがそれが面白いのだ。もう懐いてくれなくともいい。ただただ自分の時間を生きてくれればいい。

夜、私の寝る布団に入ってくるジダン。私の体にぴったりくっついて寝てしまった。人懐っこすぎる…。ショック…。

 

ジダン。犬は黒目が大きいなあ。

私の寝床にガンガン入ってくるジダン。この後すぐに私の横腹にくっついて寝てしまった。

 

朝、牛尾さんの家の庭で梅の実を収穫する。ずいぶん熟れているのもあったが、まだまだ若いのもあるし何かできそう。「あははー、カサギさんがうちで梅収穫してるの面白いなあ」と笑って見ている牛尾さんだが、私は今日帰るのだから梅仕事をするのは君だ。梅ジュースの作り方を適当に教える。その後関西でしかやっていないバラエティー番組(円広志さん司会、出演者未知やすえさん他。番組名は帰宅後調べ「よ〜いドン!」と知る)を見ながら、レポーターで出演されていた石田靖さんについての個人的見解を話す。無駄に真剣な意見を述べてしまった。

一宿一飯。昔博徒の間で旅の途中で泊めてもらったり食事を振る舞われたりして世話になると、生涯の恩義とする仁義があったらしい。一宿一飯だ。梅を収穫したことでは収まらない。勝手にやったことだし。牛尾さんにもヤマちゃんにもMさんにもSちゃんにもいつか恩返しができますように。まずは牛尾さんが東京に来た際の焼鳥屋は私がいい店探しときます。そして家をあとにする。手を振る。またね。またジダンにも会いに来よう。

そして私は京都駅へ。今日は京都でも大阪でもどこでも、ふらっとホテルに泊まってゆっくり街を散策しようと思っていたのだ。しかしいろいろあり帰ることにした。奈良の旅で大満足したし。それに今回はあまり何も決めない自由な旅をしたかったので、やっぱり帰ろうかなと決めるのもなんだか自由でいい。実は朝起きたら足の指の皮がべろんと剥がれていたのだ。旅はそろそろ終わりなのだと悟る。しかしこの靴、本当にやってくれたね。GUに心からの感謝。

河原町まで出向きチケットショップで新横浜までの新幹線乗車券を購入、正規の金額より500円程度安くなった。よし。そしてもう一度河原町近辺、京都市役所、丸太町などを歩く。足は痛いが構うものか。さよなら私の京都、というセンチメンタルな気持ちで街を目に焼き付ける。どの喫茶店にも入らず、ただただ歩いた。バスも乗らず、歩いた。考えごとをしながら、ひたすら歩いた。月曜日の京都は輝いている。路地には人っ子ひとりいない。猫もいない。その道に小さな希望を見出す。大げさだけど、泣けて来た。友達は元気だった。友達に会いに来ただけの、ただの散歩のような旅はもう終わりだ。人は、会える時に会わないと。だからよかった。来てよかった。

私の旅の最後のミステイクは、事前に食べログで調べておいた「京都駅内の辻利の抹茶ソフトクリーム」を食べ損ねたことだ。楽しみにしていたのに時間配分を間違え行けなくなってしまった。泣く泣く断念。大のソフトクリーム好きの私がこの旅で食べたのがマクドナルドのソフトツイストだけだなんて、ちょっともうなんなの私。新幹線構内のお土産屋で漬物をいくつか試食し、阿闍梨餅を買って旅は本当に終了です。

家に到着し、雨の匂いが充満したニューバランスを洗う。これはカビているかもぞしれないという不穏な重みがある。「スニーカーを捨てるよ」という私に牛尾さん、「勿体無いから捨てなくてよい。ウタマロでゴシゴシ洗えば大丈夫。それでダメならオキシクリーン」とカジエモンのようなアドバイスをくれた。オキシクリーンを買いに行かねばらならない。

梅、結構ある。次の日「梅ジュース作りに着手した」と連絡をもらった。成功を祈る。

牛尾さんの絵。可愛面白い。

西へ3

  • 2019/06/23

<前回までのあらすじ>

友人に会う旅の2日目、前半は奈良。優しき友人夫婦(Sちゃん、旦那さんはMさんと名称の記載を統一することにした)に導かれ、奈良を満喫する。特に気に入ったのは心やさしきシカと東大寺の金剛力士像だった。

ーーー

 

午後は、京都へ。近鉄電車の特急に乗る。奈良から乗った電車にはなぜか知人の俳優が乗っていた。二度見した。やっぱりそうだ、あの人だ。知り合いだけど、声をかけずにそのまま京都へ。旅先で突然話しかけられるの、嫌だろうなと思っての判断。

京都駅に到着し、地下鉄に乗る。烏丸御池駅で乗り換え、京都市役所前。Mさんがまたもやナビをしてくれて、一保堂茶舗の本店、喫茶室へ。寺町通りを歩きながら、あれこの道、この建物見覚えがあるな…と思っていたら、わあっと記憶が蘇ってきた。一保堂の向かいにある耳鼻科、そこはミクニヤナイハラプロジェクト『前向き!タイモン』京都公演の時に声が枯れそうになって駆け込んだ耳鼻科だった。私はほんの少しの不調を見つけたら旅先でもどんどん病院に赴きドーピングをして本番の舞台に臨む。知らぬ土地だろうとグイグイ薬をもらいに行く。『タイモン』の時は、京都在住の友達に聞いてここの耳鼻科に走り込んだのだと思い出した。その節はありがとうございました。

一保堂の喫茶室で私はほうじ茶、Sちゃんは抹茶の濃いお茶、Mさんは新茶を選ぶ。お店の方がお茶の美味しい入れ方を教えてくれるのだか「ここから45秒で…そして1分待って…」と結構タイトスケジュール。これはコトだ。私とMさんは促されるままにお湯を入れたり入れなかったりして、そして完成した茶を飲む。「う、う、うまい!」今まで飲んでいたほうじ茶は何だったのかというぐらい美味い。もちろん茶葉もいいのでしょうけれども、これが入れ方のストイックさから生み出される美味さなのかと驚く。Mさんに至っては、「もう、これは、出汁!」と言っていた。お茶ではない。出汁。Sちゃんの注文した濃茶は海苔のような粘度で、これももはやお茶ではない。ペーストだ。お茶だけど。私たちの考えているお茶とは一体何なのか。

あまりの美味さに感動してこれから会うもう一人の友人にほうじ茶の土産を買う。

店を出て、途中雨が降り出す。昨日の悪夢がトラウマとなり蘇る。心の中は穏やかではなかったが平静を装いつつ、錦市場へ移動。かの有名な包丁の店「有次」に行ってみたかったのだ。憧れの包丁。包丁にお金をかけてみたい。そんな贅沢なことできない。そこにお金をかけるのは素敵なことだ。でもできない。見るだけならいいよね。と、口にしたらただただ面倒臭いだけのやり取りを自分自身に収めながらの錦市場はとにかくものすごい混んでいた。混んでいるのに歩きながら何かを食べている人が多くて驚く。皆器用だよ。私だったらこぼしたりつまずいで人の服を汚したりと、そんな未来はお見通しなのでもちろん食べないやらない。元来買い食いは大好きだ。いつも外で歩きながら何かを食べていたいぐらい好き。でも人のいないところでしか食べてはならないぞと心に決めている。私が大のソフトクリーム好きと知るSちゃんは「食べたくなったらいつでも(私たち夫婦に気兼ねなく)ソフトクリーム食べてね」と私の単独行動をさりげなくアシストしてくれた。しかし、我慢だ。

有次にたどり着く。美しい包丁が並んでいてドキドキする。かっこいいなあ。しかし鉄製の包丁は油断するとすぐに錆びてしまうとのことで私のようにずぼら者が持ってならないと判断し購入は控える。少しほっとした自分がいた。そこでMさんオススメの魚の骨抜きを買うことにした。Mさん曰く、ピンセット型の骨抜きには関東型と関西型があり、自分はやはり関西型の方が使いやすいとのこと。形に違いがあるなんて全く知らなかった。

図にしてみた。

持ってみると、確かに使いやすそうな気がする。Mさんの言葉に背中を押されて関西型を購入。これはいよいよなめろうを作る時が来たなと思った。人生初なめろう。やった。楽しみ。

ここで二人とはお別れ。ありがとうSちゃんMさん。二人は漬物とだし巻き卵を買って、家に帰って行った。

ここで告白する。Mさんは私の濡れそぼったニューバランスが入った重たいリュックサックをずっと背負ってくれていたのだ!そのおかげで私はひょいひょいと身軽に動くことができた。奈良京都旅をナビゲートしてくれたり、柿の葉寿司のわがままを聞いてくれたり、たくさんの知識をくれたりとMさんにはもう本気で頭が上がらない。いつか恩返ししたい。このブログを読んでいないと思うけど、Mさん本当にありがとう。

 

 

まだまだつづく

西へ2

  • 2019/06/20

2日目。

朝、スニーカーは乾いていなかった。やっぱりね…そうだろうとは思ってたけど。かくしてぺたんこエスパドリーユで今日一日過ごすことが決定したものの、自分の未来に自信がない。朝から夜がもう怖い。私は自分でも驚くほど歩くのが下手なのだ。自分の足につまづいて転ぶくらい、下手なのだ。よくそんなで役者業をやってるなあという意見もあろう。その通りである。とまれ、こんなチャラい靴(GUさんすみません)で疲れ果てて今日の夜ぶっ倒れるかもしれないと不安に陥り「奈良駅にABCマートがあったらスニーカーを買おうかな」と思いつめる。

幼なじみSちゃんと旦那さんと三人で電車に乗り、一路奈良へ。JRの奈良駅。駅舎がとても綺麗だがABCマートはなかった。少しほっとする。雑念が消える。

二人に導かれて、奈良の街を歩く。街の雰囲気も変わったらしい。道路の拡張工事に伴い古い建物が壊され、新しいお店がたくさんできている。古いままの店もちらほらあるが、とても趣がある。

商店街を抜けて、近鉄奈良駅の目の前にある「たなか」というお店で奈良名物の柿の葉寿司を求める。旦那さんに「柿の葉寿司はやっぱり鯖が一番だよ」と教えてもらうが、鯖オンリーの棒寿司と鯖鯛鮭の三種寿司とを目の前にするとやはり鯛も捨てがたい。私は実際鯛が好物なのだ。「でもなあ、ここは鯖のみでもいいんじゃないかなあ、やっぱり鯖食べとかないと名物食べたってことにならないんじゃないかなあ、でもなあ鯛も食べたいなあ」とウザいくらいになかなか決断できない私の気持ちをくんでくれる優しい夫婦は、一本が「鯛2、鮭2、鯖3」と7分割になっている柿の葉寿司にしようと言ってくれた。ありがとう。それを一つ購入し、三人で分けることに。

きっと二人だけの旅行だったら「鯖7」の寿司を購入していたのかな。きっとそうだ。二人は鯖が大好きなのだ、知らないけど、きっとそうに決まっている。申し訳ないことしちゃったかもしれないなあと考えながら二人の後をついていく。

ややあって、視界には大きな五重塔と、シカが。

そうだった、シカだった!ここにはこんな風にシカがいるのだ、と言っても過去この場所に来たことについての記憶はゼロに近いので、普通に驚き、その可愛さに喜ぶ。テーオ(我が家の猫)と同じ色だ。

 

 

シカ、可愛い。テーオを思い出す。

 

その後、東大寺の大仏にたどり着くまでとにかくひたすらシカと関わる。シカ、当たり前だけど性格あるね。「食べ物くれ!」とガンガン迫って頭突きしてくる子もいれば、控えめにこちらを見ているだけのヤツも。後者に思いを寄せる。ちなみにテーオも後者である。

途中、奈良公園の芝生のベンチに座り柿の葉寿司を食べる。迷ったが結局鯖を食べた。鯛も鮭も食べずに、鯖。鯖が食べたくなってしまったのだ。鯛と鮭は二人が食べてくれた。美味しかったとのことで胸を撫で下ろすも、本当にひどい話である。

東大寺南大門の金剛力士像。圧倒される。あ、と一瞬で記憶が戻ってきた。確かにこれは修学旅行の時に見た。高校生の時分、何も面白くなかった、つまらなかった、自分をもてあましていたであろう、その時期。衝撃を思い出す。門の中にひっそりと静かに佇み怒っているその姿に「人間というちっぽけな存在がなぜこんなとてつもないものを作ることができたのだろう」と思ったような、なんだかそんなようなことを考えた気がする。

これは震えるような感覚。世界の不思議だ。人間の力の謎。生きることのでかさ。過去が自分を飲み込む。歴史の恐ろしさ。43歳になってもやっぱり驚く。見てよかった。大仏も素晴らしかった。でかい。ただただでかい。でかくて気持ちいい。

近鉄電車に乗り、三人で一路京都へ。

 

 

つづく

 

 

せんと君に対して「可愛くない」と批判的意見が見られた時もあったが、私は比較的好きなキャラクターだ。ツノが可愛い。

西へ

  • 2019/06/19

失意のどん底、これが噂のエスパドリーユ。

こんな写真しか撮れない自分にどん底。

 

ーーーーーーーー

 

ちょっとした区切りがついたこともあり、思い立って関西に行ってみる。何も決めずに、友人に会いに行くだけの旅である。

まずは幼なじみの住む大阪へ。

ぷらっとこだまに乗る。隣に座る男性2人組はどうやらこれから大阪で共通の友人の結婚式に出るらしい。私が新横浜で乗車した時にはすでに酔っ払っていた。東京から飲んでいたのだろう。楽しそうに話をしている。「◯◯、離婚したらしいよ」「マジでえー??」「++ちゃん、外国いるらしいよ」「マジでえー??ってかさ、△△、今日来れないらしいよ」「マジかよ!」と、会話にマジ率が非常に高い。昔誰かが「相づちは否定より肯定の方がいい」と言っていたことを思い出した。マジ?はどっちだろう。否定でも肯定でもないが、「ウソでしょ?」よりいいかなあ。確かに否定より肯定がいい。私も何かにつけて、そうでありたい。うるさい2人組だったが、静岡あたりでぱたっと寝てしまった。一瞬でも「この人誰かに似ている」と考えるのは私のクセのようなもので、この二人は「クマムシ」という二人組っぽい。「クマムシ」さんのことは何も知らないが、イメージで。

旅のお供に横光利一の「春は馬車に乗って」を持ってきたが、何となく読む気が起こらない。

こだまには車内販売がないと知らなかった。別に車内販売で何かを購入して食べようとは思っていなかったのだが、ないと言われると少し寂しい。あったら何を食べていただろう。スジャータのアイスクリームだろうか。まあ、それしかないな。ないから食べられないと思うと、頭の中はスジャータのことばかり。スジャータスジャータとあの唄が頭を占拠する。くだらない時間に耐える。

新大阪に着いたのはもう午後で、私はとんでもなく腹が空いていたので構内のマクドナルドでソフトツイストを食べる。落ち着く…自分らしさ…納得の腹ごしらえをして、友人との待ち合わせ場所、なんばに向かう。御堂筋線。

なんばで降りる。無事に友人と落ち合い、なんとなく散歩する。なんばグランド花月だ。幼なじみのSちゃんがまだ大阪に住む前、もっと言えば彼女が高校を卒業後家族全員でエジプトに移住する前、確かもう一人の幼なじみのAちゃんと3人でここに来た。青春18きっぷで東京から1日かけて大阪に卒業旅行に来たのだ。その時、ここに来た。いや、その時は来ていない。記憶が混濁している。Sちゃんが大阪に移住してすぐに私一人で遊びに行った時にこの場所に来たのか…二人とも記憶が曖昧だ。ただはっきりと覚えているのは、その時の出演者。「雨上がり決死隊」「まるむし商店」「ちゃらんぽらん」、名前覚えてないけどマジシャン(うしろでアシスタントの女性がずっと踊っていたのでよく覚えている)、そして「中田カウス・ボタン」。今日の出演者と書かれた札を見ると、「まるむし商店」と「中田カウス」と。…同じか!めまい、いい意味で。ボタンさんは体調を崩しているのだっけ。元気になってほしいな。

その後千日前を通り歩いて天王寺へ。途中スコールに見舞われる。スニーカーががっつり濡れてしまって風邪を引きそうに。慌てて天王寺のGUで靴を購入。エスパドリーユっていうのかな、平べったい靴。1,300円の安い靴だ。すぐにダメになるだろう。どうせ買うならちゃんとした靴を買ったほうがいいに決まっているのだが精神的にダメージを受けていて、まるでいい靴を買う余裕がない。ぐったりしていた。突発的なことに対処できる余裕がないのだなと思い知る。

Sちゃんの旦那さんと3人で、居酒屋へ。2人がよく通っているお店だという。Sちゃんはとても几帳面というか、そうだなあ、どんな言葉で形容したらいいか難しいところなのだけど、確実に真面目な人で、食べたものをきちんと写真に撮って毎日「猫庭」というブログにアップしている。毎日欠かさずだ。本当にすごいと思う。私は目の前に出された料理は何でもすぐに食べてしまう。食べ終えた皿を見て「ああ、また食べちゃったよ、だめだなあ」と自分を責めるだけだ。責めなくてもいいかどうかはまた別の話だが、そういうところがある。

彼女は小学生の頃から欠かさず日記を書いている。いいなあかっこいいなあと、彼女の真似をして何度も書こうとしたけれど私は全然続かない。まるで正反対。そして私はこの毎日続く「猫庭」の大ファンなのです。

そのブログによく登場するお店だったので、私もなんだか初めてきた感じがしない。どれもこれも美味しくて、ビールが進む。旦那さんと二人で瓶ビールをグイグイ飲む。旦那さんは確かアルコール度数の高い酒が好きだったよなと思って聞いてみると、強い酒を飲んで酩酊してはコトなので自粛、ということだった。私も同じです。最近ワインを飲んで生まれて初めて記憶をすっぽり失ったので、ワインは人生の禁止項目に入れました。同席していた家族によると調子よくベラベラ喋っていたらしいが、ワイン後のことは全くもって覚えていないのだ。そんな自分が怖くて仕方ない。

まあ、そもそも私は酒など強くない。ただビールが好きなのは、好きなようだ。自信をもって、ビール党と言える。何が好きって、それはわからない。何故なのだろう、変な味なのに。

居酒屋ではSちゃんオススメの鮎の塩焼きや、旦那さんオススメの鱧を食べる。鱧は多分人生初ではなかろうか。全てが美味しい。カウンターだけの小さなお店。板前さんは一人、コツコツ料理を作っている。静かで優しい雰囲気を纏った店で、繁盛している。清潔感があり、近所に住む方達に愛されているとわかる。靴が濡れて取り乱して自分にがっかりしたことなんてもうどうだってよくなった。Sちゃん夫婦とこのお店のおかげだ。

「私は魚が好きだな」とわざわざ口に出して言うと、Sちゃんは困った顔で「私も〜」と言った。「川魚好きなんだよね〜」だそうだ。

本日は二人の家に泊めてもらう。大阪に来たらいつも泊めてもらっているのだが、今回は二人が引っ越しをして初めての訪問。以前住んでいたおうちもよかったけれど、今のおうちは空間が広くて居心地がいいなあ。ものが少ないなあ。私も家の片付けしなくちゃなあとか考えながら、自分で買ってきた手土産の豆菓子を食べる。図々しい。

明日3人で奈良に行ってみることに。私は高校の修学旅行以来で正直ほとんど覚えていない奈良。奈良に申し訳ないぐらい何も覚えていないのだ。

今回時間があったら行ってみたいなと思っていたのでとても嬉しい。

 

つづく

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