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明け方の猫

  • 2023/10/04

 

10月になった。

睡眠時間がとれない。

目が覚めてしまう。

昼間当然のように眠いのだが、一体どうやって活動しているのかわからない。

この睡眠不足の蓄積は、もはや負債である。

どうにか睡眠借金を返したいが、昼間は働いているので返済できていない。

 

 

明け方窓を開けるとナフルが待ってましたとばかりにベランダに出る。

毎日の習慣だ。

常に外に出たいナフル。

そのうしろについていき、ご相伴に預かるかのように一緒にベランダに出ていたテーオ。

テーオ単独でベランダに出ることはほとんどなかった。

珍しくひとりでベランダに出ている時に私が不用意に近づくと脱兎の如く部屋に戻ってしまう。

なんならそのままベッドの下に潜り込んでしまい、しばらく出てこなくなる。

とにかく逃げ足の速い猫だった。

いつも何かに警戒しているようで、

それが気の毒だなと思う時もあったが、

ベッドの下ではのびのびやっていたようだった。

私が居間で洗濯物を畳んでいると、

なぜかベッドの下から這い出てきて、

毎回私の膝に乗った。

これは本当に意味がわからなかったのだが、

膝に乗るのは洗濯物を畳んでいる時のみなのである。

ただ座っている膝には決して乗らなかった。

手伝いのつもりだったのだろうか。

膝上の滞在時間は平均5分ほど。

飽きが来たのか、突然去っていく。

なんなら私の膝を蹴り上げて、

またベッドの下に潜ってしまう。

何を考えているのかよくわからない。

そこが最高に魅力的であった。

 

今も、テーオが見える。

振り返ると、

半透明のテーオがいる。

ナフルの横に、テーオが寄り添っている。

以前よりも、私の前にいる。

見える気がするのだ。

私の脳がその存在を当たり前と理解することを、失って初めて知った。

 

 

 

 

テーオ、ありがとう

  • 2023/09/23

 

2023年9月20日早朝、テーオが旅に出ました。

息を引き取りました。

16歳。

突然の別れでした。

まだ気持ちの整理がつきません。

 

 

小田急線喜多見駅の近くで見つけた眼球の飛び出した猫。

はじめは「メダマ」って名前にしようかと思ったんだけど、

それじゃああんまりだからっていって、

映画「三匹荒野を行く」に登場する勇敢な猫テーオの名前をつけました。

 

テーオ、旅に出ました。

長い時間のはじまりです。

ありがとう、テーオ。

眼球摘出手術を乗り越え、いろんなことを乗り越え、16年も生きてくれた。

勇敢な猫。

辛抱強くて、丈夫な猫。

触ると逃げるアウトロー。

美声の持ち主。

何より、その存在そのもの。

私たちはテーオに出会えて幸福でした。

 

船が待つ場所まで、どれくらいだろう。

今彼女は、足取り軽やかに進んでいるだろう。

片目はないが、そんなのはもう彼女にはどうってことない。

16年、それでやってきたから大丈夫。

船に乗ると、友達がそこにいるはずだ。

一緒に旅に行くメンバーが、テーオの到着を待っていると聞いている。

彼の地まで長い時間かかると思うけど、道中おしゃべりしながら楽しんで。

幸せな時間でありますように。

私もそのうち、向かいます。

 

 

 

テーオを応援してくださったみなさま、ありがとうございました!

 

 

 

テーオを保護した時、その時の日記が出てきました。

再掲します。

 

 

 

 

 

2007年10月29日「メダマ」

 

猫を拾いました。実は一ヶ月前から気になっていた野良猫をついに捕獲してしまったのです。

その子は今病院にいます。明日眼球摘出の手術をすることになったのです。

一ヶ月前私が家の近所で初めてその猫を目にした時は左目が飛び出ていて化膿した状態でした。右目は普通の状態なのでたぶん問題なく見えていると思うのですが、左目は、なんというか、その、飛び出ていて、なおかつ塞がった状態なわけです。でっぱった部分が眼球そのもので乾燥して皮膚のようになっている状態なのか、それとも瞼が肥大して目を覆ってしまっているのか私にはよくわからなかったけれど、とにかくめだまは普通の状態ではありませんでした。そしてさらに化膿し、血がうっすら流れている状態。すぐに「この子はもうすぐ死んでしまうかもしれない」と思いましたが、同時に私にはどうしてやることもできないなあとも考えました。

それからすったもんだがあって、話をはしょりますが、その猫に会いに出かけること一ヶ月、昨日捕獲してしまいました。とにかくその大変なことになっている「メダマ」部分をなんとかしてやりたかったのです。

病院に連れて行き先生に会わせたら、開口一番、「これは痛そうだ!何でここまでになっちゃったの?」と。そして事の経緯を話して、緊急手術になったのです。先生曰く「もう目としての機能は全く果たしていないし、こんなに眼球が飛び出していたら痛いに決まっている」だって。そりゃそうだ。だってもうメダマはメダマではなく、瘤のように固まってしまっているのだもの。

いろいろ考えました。で。我が家には愛すべきナフルという猫がいます。ナフルの幸福を一番に考え、まず「猫エイズ等の病気を持っていないこと(ナフルの健康を害してしまうのは困る)」。それがクリアできたら、「ナフルと仲良くできること(ナフルはナイーブな猫なので新しい猫が来たことによって激しいストレスを感じ体調が悪くなるかもしれない)」。この二つの条件があえば我が家で飼おうと思います。片目が見えないハンデもあるし。もし、両方クリアできない場合にはまた別の道を考えようと心に決め、先生に手術と治療をお願いしました。

名前は今のところ「メダマ」です。しかし明日手術が終わったらメダマはメダマのない猫になっているので、改名するかもしれません。

もしかしたら家族が増えるかもしれない。私は今かなり興奮していますが、しかしどこかで冷静です。なるべくしてこうなった気もしています。

 

 

スマホから2023夏

  • 2023/08/28

かさぎです。お久しぶりです。

スマホから更新できるかやってみます。たぶんできるはず。やれたのにやらなかっただけです。

今年の夏は暑かった。修行の季節。

夏が終わる
ナフル
実家に帰った いわきの海 

6月は時間の話

  • 2023/06/07

 

見に来てほしいです!スヌーヌー

 

6月に入った、雨が多い印象だ。今日は7日。もう1週間になるのか、6月。あっという間だ。1日があっという間に終わってしまう。しかし、それは過ぎた時間のことを思い出して、あっという間だったねーなんてお茶を濁しているだけで、実際はどうにもならないぐらい長い時間、長く感じる時間も存在する。時間は等しくない。常に変動している。体調によって、生き様によって、気持ちによって、時間は絶えず変化しているのだ。そんなことを思う。

スヌーヌー「長い時間のはじまり」は時間の話だ。題名に書いてあるっつうの。そうなんです。稽古を少しづつ進めています。俳優の4人(松竹生、ぼくもとさきこ、踊り子あり、山本健介/敬称略)がとても面白いです。皆に見に来てほしいです。7月14日から17日に、三鷹のSCOOLにて。演劇のことはまた追って書こうと思ってるんだ。

そういえば高校生の時の体育の授業で「創作ダンス」という時間があった。クラスの女子が半分に分かれ、それぞれ勝手に振り付けして踊りまくる。楽しかった。出席番号後半チームは「時間」というテーマで創作ダンスを踊っていた。初めはアナログ時計を表現した(腕で短針と長針をイメージしたりとか)ダンスなのだが、だんだんとその姿は苦悩を帯びていき、友人たちは最後悲しみに暮れて床にひれふして、ダンスは終わる。悲しい印象だったなあ。あれは、もしかしたら「死」を表現していたのだろうか。今度友人たちに会ったら聞いてみたい。ちなみに、私がいた出席番号前半チームは「思春期」というテーマで踊った。振り付けは全く覚えていないが、白いTシャツに絵の具で出鱈目に色を塗ったものを着用して「思春期」を表現したのは覚えている。テーマを決めたのが自分じゃないことを祈るが、ちょっと自信がない。私かも。いや、違うかなあ。

どうでもいいことを書いてしまったが、日々の稽古の記録は、スヌーヌーのインスタグラムで更新をしている。公演が終わるまでこつこつと記録していこうと思っている。私は制作も作も演出もやるからさ、日々が混乱するわけです。それでもなお、続けています。考えているんだけど、なぜなのか?と。それはやっぱり、好きだからなのかもしれませんね。それらの記録、それらを全て(全てを書くことは到底できないのだが)書き残しても残さなくても、時間はあっという間に過ぎ去る。やりたいことを考えていると200歳まで生きねばならぬがそうもいかぬし、もはや寝ている場合じゃないのかもしれないのだが、眠くなるし。ともあれ、私は今頭の中はスヌーヌーの演劇公演のことでいっぱいだ。

全ては有限であることに、私はまだ本当の意味で気がついていないのかもしれない。

最近は家事をしながらポッドキャストで歴史の話を聞いている。例えば、財閥が生まれた経緯やマルクスとエンゲルスの人となりなど(エンゲルス、えらいなあ〜などと思う)。改めてわざわざ勉強する気にならなかったものを選んで聞くことが、新鮮でならない。出会い。

最近忙しくなくて映画を見ていない。ああ、『TAR/ター』見たな。ター、すごかったな、ターが。っていうか、ケイト・ブランシェットが。

このサイトを作ってくれた相馬称くんが、いろいろ更新してくれたり直してくれていた。ありがとう、相馬くん。いつもありがとう。

20年ぐらい前は、これぐらいの気軽さで、誤字脱字なんのその、日記を更新していたな!こんなノリでどんどん書いていこうか。いけるのか。

「長い時間のはじまり」のはじまり

  • 2023/05/17

 

 

店員さんに「お名前はなんとお書きしますか?」と聞かれ咄嗟に「けんすけくんでお願いします」と言ったものの、一度もけんすけくんと呼んだことはないと思う。

 

 

 

スヌーヌーの稽古が始まった。
この「長い時間のはじまり」という作品は昨年末に上演を予定していたものだ。
しかし、世に蔓延した新型コロナウイルスの影響を受けて中止となった。

ーーーー

 

疫病が流行し世界が一変した最中に、前作である「モスクワの海」を書いた。
混乱の中なんとか上演を画策するも、公演直前であえなく中止。
一年後の同じ日になんとか上演し、おかげさまでその後再演もさせていただいた。
考えてみればとても長い時間をこの作品と共に過ごしたのだった。

そして昨年、私は「長い時間のはじまり」という作品を書く。
書くと決めてから毎日机に向かってはとにかく唸っていた。
書くことの困難が自分の頭と身体を徹底的に支配した。
それでも書こうと踏ん張った。
書かなくちゃいけないと思った。
そして再び公演が中止になり、そうかあ、この作品とも長い付き合いになるんだなと思った。
むしろそれが必然であったのかもしれないと、自分なりに肯定的に受け入れることができた気もする。

 

昨年末に思ったのは、「時間は続くな」ということだ。
公演が中止になったからといって、何も終わらない。
日々は続き、手洗いは続き、コロナは終息せず、そして命は続いていく。
何があっても、生は留まらない。
そしていつかまた再び私は自分の公演を自分のできる範囲で粛々と準備するだろう。
またどこかで、きっと、演劇をやるんだなと思った。

ーーーー

もうすぐ夏になるなあ。
「長い時間のはじまり」はなにを隠そう真冬の物語なのだ!
隠さなくてもいいか。
夏に上演するのには適さないかもしれないなと思うものの、でも、どこかで、わかっている。
日々の中で想像する、その時間においてのみ、創作は続く。
時間が大切なのだ。

時間をかけること。
やめないこと。

中止になってから今日までの日々の分人生の経験値が上がっているのだからそれも反映されてきっとよりいい舞台になるだろうとか、そんなふうに明るく考えています。

 

ーーーー

リスタートにあたり。
この公演に再び参加してくれた松竹生さん、ぼくもとさきこさん、踊り子ありさん、山本健介さんに感謝しています。
そしてここまで支えてくれたスタッフの加藤じゅんこさん、多賀啓二さん、タムナデ姉さん、明田川志保さんにもどっぷり感謝しています。
公演のチラシに新たな命を吹き込んでくれた牛尾千聖さんにも心からの拍手を。
そして励ましてくださった、心を寄せてくださった皆様にも。

公演までどうぞよろしくお願いします。

 

 

ーーーーー

稽古の日にふとTwitterを見ると山本健介くんが「これからも存在します」的な不穏なツイートをしている。
何事かと思ったら、誕生日だった。
やばい、忘れていた!
っていうか、40歳のメモリアルバースデー?まじか!
ということでホールケーキを買って、みんなでお祝いしました。
誕生日は忘れていたけどさ、山本くんはとにかく白いクリームが大好きだということだけは覚えていたんだワタシ!

 

プレゼントをもらう山本くん。おめでとう。

5/9 ナフル、18歳になる

  • 2023/05/12

ナフル18歳。人間でいったら90歳越え。すっかりじいさんですな。

 

2023年5月9日、我が家の猫ナフルが18歳になりました。

ということは、保護猫ナフルと会ったのが18年前。
ちょっと待って、それって私が29歳だったということか!
やだ!
やだってこともないけどさ。
とまれこうまれ、私とナフルとの18年という時間は「事実」である。
いつの間にかの18年が蓄積していた。
そのことに安心する。
安堵する。
憶測でも、想像でもなんでもなく、ここにあるのは純然たる事実であるということに。

ここでも何度か書いているが、ナフルとはアラビア語で「川」という意味だ。
当時住んでいたのが川のほとりだったから、このような名前にした。

ナフルから遅れて数年後に、私たち夫婦は街で見かけた目玉の飛び出してる子猫を拾う。
ひとまず病院で眼球摘出をした。
そして、そのままうちで飼おうとなった。
テーオと名付けた。
映画「三匹荒野を行く」に登場する、勇敢な猫の名前が由来である。

今まで悠々自適生活していたナフルからしたら、テーオは脅威の存在だったかもしれない。
まあ、その辺はよくわからないけど(私はいつまで経っても猫の気持ちがわからない)、少なくともナフルはテーオの存在を歓迎しているようには見えなかった。
自分の領域にずかずか入ってくる無邪気なテーオとの生活にイライラしているようにも見えた。
そして、テーオがやってきてからややあってナフルは病に倒れる。
医者に「腸の壁が厚くなって命の危険もある」と診断された。
その原因がもしかしたらストレスからくるものかもしれないと思い至り、ようやく私たちは気が付く。
我々の決断はナフルに多大な負担を強いたのだと。
ナフルの気持ちなど、なにひとつ考えていなかったのかもしれないと。

やがて腸の壁は無事に薄くなり、退院。
それからここまで、ほとんど仲良くならずに両者は生活している。
毎日のように取っ組み合いの喧嘩をしては流血。
じゃれあってるのかなとも言えるが、ぶっちゃけそんな楽しそうにも見えない。
かといって、はっきり仲が悪いわけではないのですが、まあ、贔屓目に言っても、よくはない。

少なくともナフルは、ちょっとだけテーオのことが好きではなさそうなんです。

最近ナフルが夜鳴きをするようになった。
老化現象だと思う。
その声にいち早く反応し、ナフルの近くに歩み寄り寄り添うのはテーオだ。
猫の気持ちはわかりませんがねえ、テーオの行動は結構意地らしくて泣ける。
友達が泣いていたら「大丈夫?話聞くぐらいならできるよ」と助けにいくそれに見えるのだ。
しかしナフルは、テーオには特に反応せず。
中村伸郎「おれのことならほっといて」という感じ。
無視されるテーオは、取り残されぼんやりと佇み、やがてベットの下という暗闇に消えていく。
純然たる事実である生活は決して劇的でもなんでもなく、ただ暗闇に消えていくまでの時間と暗闇に座っている時間は等しく存在する。
そのことに私は感動もする。

ひとまず、ナフル、18歳おめでとう!ということで、誕生日プレゼントは好物のかにかまと「18歳かがやきサポート」という名のウエットフードにした。

5月になっていた/日記再開/長い時間のはじまり

  • 2023/05/07

みなさん見てください!こんな素敵なチラシができました!イラストは前回に引き続き牛尾千聖さんです。このブログの題字も牛尾さんが書いてくれたんですよー

5月になっていた!

昨年末にスヌーヌーの公演を中止し、2023年になった。47歳になり、それからいくつかの仕事をしながら、毎日を過ごした。気がつけばもう5月。あっという間だったなんて、そんなありきたりの言葉で片付けていいのかわからないが、とにかく、なんだか一瞬だったような、そんな感覚は残っている。

ここ数年は20代の頃から超断続的に続いているWEB日記もあまり書かなくなってしまった。そういう時期かもしれないとあまり深く考えなかった。もしかしからこのまま閉鎖してしまうかもなとも思った。最近は日記を書いている時間がないというのもある。それは別に忙しいということではなく、他の趣味や家事、体調を考慮しダラダラしたり、が増えただけなので、ただの言い訳です。

しかし、ここ数日でまた日記を書こうという気持ちが盛り上がってきた。時は来た。機は熟した。というほどのことは全くないが、このままだとだめだというか、何か書かないともう一生書けないような気がしてきたのだ。最近は、長い文章はもとより、Twitterなどの短いものでも自分の思うことをうまく書けない。自分の気持ちを置き換える言葉が思い浮かばない。気分を描けない。書けないので疲れてしまう。戯曲以外で何かを書くことが怖い。だからといって、戯曲に集中しているのかと問えば、そんなこともないんだけど。でも、ぶっちゃけ、戯曲しか書いていない気がする。本屋で「文章の書き方」って本を手にしたこともあるし(悩みに悩んで、レジまで持っていって、「やっぱやめます」と言って購入しなかった自分のダサさですよ、こういうところですよ)。末期症状?どうしたんだろう、あんなに好きだったのに。もうあきらめたんだとしたら、何に?何をあきらめたの?と、自問自答する。時間を費やして徐々に誰に頼まれることもなく自分で自分を追い込んでいたのではないかとさえ思う。そうやっていろいろなことに諦観していく。それは何も書くことだけでなく、生きていく日々全般において。これが年を重ねたということだろうか。それでいいのか。少し考えて、いや違うなと思った。年のせいにするなよと自分に問いかける。

これは危機感を持って再びどうでもいいことを書き出さないと、もう一生何も書けなくなるぞと思う。日々のどうでもいいことを書き記すことが、私の大切なルーティンであったはずだ。うまくなくても、私の喜び楽しみであったはずだ。それを忘れてぼんやりしているなんて何事だ。ギーカサ、しっかりするんだ。というわけで、GWも終わることだし、また何か書こうと思った。怖いことは、克服しなければいけない。なんて、まあ、また楽しく書けそうな気がしてきただけです。

7月にスヌーヌーの公演がある(ので見にきてください!)。稽古も始まる。日記を書いている時間はいよいよなくなるかもしれないけど、頑張ってどうでもいいこと/どうでもよくないことをここに書こうと思います。

 

 

ーーーーー

スヌーヌー vol.4
「長い時間のはじまり」

作・演出
笠木泉

出演
松竹生
ぼくもとさきこ
踊り子あり
山本健介

2023年
7月14日(金)-7月17日(月)
In SCOOL

SCOOL
〒181-0013
東京都三鷹市下連雀 3-33-6
三京ユニオンビル 5F
三鷹駅南口・中央通り直進3分
右手にある茶色いビル5階

<公演日程>
7/14(金)19:30
7/15(土)14:00 19:00
7/16(日)14:00 18:00
7/17(月)14:00 18:00

受付・開場ともに開演の30分前

<チケット発売日>
2023年6月10日(土)0時

<チケット料金>
前売 2800円 当日3000円
学生割 2000円
中学生・高校生割引 1000円
立見席 1500円(各回5枚まで)
小学生以下 無料

全席自由
当日受付順でのご入場となります。
当日受付で各種証明書・学生証の提示をお願いします。

<チケット取扱>
カルテット・オンライン
https://www.quartet-online.net/ticket/snuunuu04/
銀行振込or 当日精算を選択いただけます。

スヌーヌーチケットメール
snuunuuoffice@gmail.com
当日精算のみ(氏名・券種・枚数・連絡先を明記ください)

スヌーヌーtwitter @snuunuu
笠木泉twitter @izumikasagi
お問合せ snuunuuoffice@gmail.com
スヌーヌーHP https://snuunuu.com/

今後の様々な公演情報やスヌーヌーとしての発表事項は随時HPで発表いたします!

スチール 明田川志保
照明 多賀啓二
宣伝チラシ・デザイン 牛尾千聖
制作 加藤じゅんこ
協力 カクタス・劇団はえぎわ・ジエン社・タムナデ姉・SCOOL

制作・製作・web・その他 スヌーヌー/笠木泉

 

 

 

 

 

今年もよろしくおねがいします 2023  笠木泉

  • 2023/01/02

 

全く更新できませんでした笠木泉の日記です。

 

2022年12月に予定しておりましたスヌーヌーの公演「長い時間のはじまり」は延期になりました。

今年、またみなさまにお会いできますように、精進します。

この冬の俳優4人との時間は、貴重で、かけがえのないものでした。

みなさんとの日々は学びになりましたし、なにより心を動かされっぱなしでした。

私はもっとたくさんたくさん勉強しなければいけない。

来年も松竹生さん、ぼくもとさきこさん、踊り子ありさん、山本健介さんと、そしてスタッフのみなさんとまたこつこつ作っていこうと思います。

また詳細等決まりましたら、告知させていただこうと思います。

どうぞよろしくお願いします!

 

 

スヌーヌーの活動はもとより、あらゆる場所でさまざまな方にお会いし、刺激され、笑い、泣き、時間を共にした1年でした。

そして、一文字も書けない、なにもできない日がたくさんあって自分でも驚きました。

手が全く動かない。

このままずっと動かない可能性もあるな、と思いました。

そこで考えました。

たぶん、自分なりに、立ち止まって考えたと思います。

 

そうだな、でも、と。

やっぱり思考することを選ぼう、と考えました。

わたしは自分の責任において日々を選んで生きている。

その中で、いちいち立ち止まることを恐れて選ばないよりはその都度止まってでも考えて選んでいけばいいのではないか。

そのことに、今更ながら気がついた。

選ぶということは、それでは生きることやいなくなることや、世の矛盾や、私の中で大切だと思われることをこれからも考え続けること。

その先に衝動があれば、今後も書いていきたいと思ったのです。

大人として、社会や隣人、自然、ひいては、言葉にできないもの、に対して、当然のこととして、思いやりを持ったり、しっかりとつながっていけるように、手を伸ばせるように努力したい。

手を伸ばすために、その曖昧模糊としたものを、言葉にできないものとして捉える勇気と、言葉にする努力。

その第一歩となる一文字を書けるよう。

難しいけれど、思考し続けよう。

前向きに創作していきたいと思います。

 

年末はツァイ・ミンリャンの「愛情萬歳」を見ました。

これがすごくよくて。

もう、いきなり、初めのカットから胸に迫ってきて。

もう泣いちゃって泣いちゃって。

なぜなの?というほどに。

2022年自分ラストにふさわしい、いい映画を選んだ自分のひきの強さを感じました。

昨年見た中で何がいちばんよかったかというと、一番最近見たから「愛情萬歳」です。

よくよく考えたら違うかもしれません。

一番よかったなどと簡単に言ってはならないですね。

その他、2023年はなぜか急に「ER」シリーズを見まくり(シーズン9まで見た)、「ダウントン・アビー」を全話見て、ルーティンとして「名探偵ポワロ」を最終話「カーテン」を残して繰り返し見たり、初代「ミス・マープル」をコンプリートしたり、BTSの「dynamite」を見て脳天に雷を受けるような衝撃を受け、この一曲に絞ってPVを見まくるという一年でした。

ニブロールにも出演させていただき、俳優としてもほんの少し活動できて嬉しかったです。

 

たくさんの方にお世話になりました。

ありがとうございます。

感謝しています。

そして、2023年もお世話になります。

今年も、どうぞよろしくお願いします。

 

笠木泉

 

2022年8月22日 久しぶり!

  • 2022/08/22

 

こんにちは。

久しぶりにこの日記に戻ってきました。さあ、最後の更新はいつだったのでしょう?前回の日記の題名は「戦争反対」。8月22日の時点ではまだ終わっていません。ロシア軍がウクライナの二番目に大きい原発近くにミサイルを落とした?という報道が昨日のこと。改めて、戦争に反対します。心から、反対だよ。もうやめてくれ。そう、毎日言っていかないといけない。

今年2022年の上半期は本当にいろいろありました。どう生きてきたのだろう。気がついたら8月。1月から8月中旬まではいろいろな意味でハレで怒涛の日々だったんですが、今静かにケとして夏がひっそり終わる。新型コロナ感染者数は激増しています。不安定の日々を切り捨てよう、自分の糧になんかしないぞ、経験で収めてやるもんか、とただ毎日歩き続けてきた気がする。乱暴ですけどね。でも、なんとか、なんとかして、この日々を、できれば両サイド見て、確認して、手を携える気持ちを忘れず、ただ淡々ともいえる歩幅で、跳躍で、乗り切っていこうと思っています。

今年は12月にスヌーヌーの新作公演をやりたいと思っていて、今頭の中で準備中です。9月から加速していこうと思います。オーディションというか誰か出演したいという人と会えたらいいなとか、20人ぐらい出てくれないかなとか、いろいろ思ってみたんですが、感染症対策もあり、やはり少人数で創作を続けるのがいいように思います。私個人の演劇ユニットですから、あまり大風呂敷をひろげても、たためないのです。たためないこともたまには必要かもしれませんが、性格的にはたたむ方向を貫くのがいいと思う。地に足つけてやっていこうと思います。とにかく書かねばな。

助成金のこととか、来年再来年どうやって公演を続けていくかなど、もっと考えなければいけないんですよね。どうしたらいいだろう。その場その場で一人で決めて、行き当たりばったりじゃだめで、そこにある大きな壁によじのぼり、呼吸をする体力を身に付けなければ。実作者としてそういうことも感覚として持っていなければと思います。

「モスクワの海」の再演にご来場くださったみなさま、応援してくださったみなさま、改めてありがとうございました。みなさんのおかげで、またがんばってみたいという気持ちになれました。新作について、できれば落ち着いて、先に進みたいと思います。

最近は本を少し読んでいます。BTSのことも気になっています。

ーー

 

20代前半から断続的にずっとブログを続けてきたんだけど、今急にその「意味」があったのではという気がした。「意味」なんてなくて全然よかった。毎日どうでもいいことを書くこと、誰も読んでいないであろうブログを書き続けることに若い頃は「意味」など求めていなかったのだ。ただ書きたかった。時を経て、最近全然書いてないけど。また自由に書けるわけだ、ここには。ありがたいなあ。

今日は、このような感じです。

戦争反対

  • 2022/02/26

2022年2月。

ロシアのプーチン大統領がウクライナを侵攻。

ウクライナの首都キエフでは市街戦となっている。

戦争反対を記す。

戦争はあってはならない。

今、この時、世界中の紛争がなくなりますように。

書くしかない。

 

 

 

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