20260414 仙台へ/震災遺構荒浜小学校に行く
- 2026/04/15
11日に所用で実家のいわきに帰る。
ついでに母の傘を直してあげたりもして、13日にそこから常磐線で仙台へ移動。
久しぶりに友人に会っておおいにビールを飲みたくさんおしゃべりをした(友人は下戸で、飲むのはわたしだけ)。
翌日、友人とふたりで震災遺構荒浜小学校に足を伸ばした。
東西線の終点荒井駅からバスに乗り、海に向かう。
学校の教室にて、3月11日の実際の避難の状況について、当時の校長先生や生徒たち、さらに小学校に避難した町内会長さんたちが丁寧に説明してくださっているインタビュー映像を見た。
静かにやってきた6mの黒い津波、静かな時間、飲まれた生活、雪、寒さ、自衛隊のヘリ、恐怖より諦め、そして不安と、渇望。
亡くなってしまった知人たちへの想い。
見ていたら感情が大きく揺れてきて涙が止まらなくなった。
ちょっとどうかというぐらいに、スクリーンを見ながら、胸が苦しくなった。
思い出すのは福島のことだった。
街の地図。
ここに生活があった。
全ての家に表札があった。
福島の震災遺構請戸小学校にも、このような「なくなってしまった街の地図」があった。
命の重さ、記憶の強さ、生きていこうとする力。
抗えない災害の絶望に立ち向かい、今を生きるみなさん。
今生きることの素晴らしさ。
戦争反対、あらためて、毎日、命の重さを言葉にしなければいけない。
ここで。
















