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4/2 その3


逃避


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  • 2008/08/25

8月21日、世田谷区喜多見を離れる日がやって来た。

2年間しか住んでいないがとても愛着のある町だった。世田谷の端っこで駅前にも特ににぎわいは見られず「どこに住んでるの?」と質問され「喜多見です」と答えると「それどこ?東京?」と言われる率が非常に高い、この町。夜は静かだった。近くには野川が流れていて、白い鳥が川辺で水を飲んでいる。喜多見側から成城学園前に行くにはものすごく急で長い坂を登らなければいけなくて、私はその坂を密かに「セレブへの大きな壁」と呼んでいた。坂を登った瞬間から豪邸豪邸また豪邸なのだ。喜多見は成城の横でいつも静かに佇んでいる。

前の日、隣に住んでいるMさんに挨拶に行った。

Mさんは以前ここの日記にも書いたことがあるが、石井苗子に似た美しいおばさんである。猫が大好きで私が喜多見に引っ越してくる前には3匹飼っていたというが、全て見送り、今はもう育てる体力がないので「町の猫おばさん」になり野良猫に愛情を注いでいるということだった。

テーオが脱走し一週間帰ってこなかった時に、Mさんは一緒に探してくれた。稽古で帰りが夜の10時以降になり、探す時間がなかなか取れず焦っていた私に「絶対に見つかるわよ」と言葉をかけてくれた。夜中の3時に探しに行こうと家を出るとMさんは外に出ていてテーオの名前を呼んでくれていた。そんな時間に・・・と思い頭を下げたが本当に嬉しかった。

隣人とこんなに深くおつき合いしたのは初めてだった。植木鉢を頂いたり、作ってくれた料理をおすそ分けしていただいたり、芝居でくたくたになっている私を見て励ましてくれたり、2人で長々と世間話をしたり、相談をしたり、思い出を披露した。Mさんの飼っていた猫たちの話やアメリカにいる娘さんの話はとても面白かった。Mさんは母よりも年上だけど、私たちはいいお友達のようにお付き合いしていたのだと思う。

インターフォンを押して、出て来たMさんとお話ししている時に、私は冷蔵庫に私が以前渡した舞台のチラシが貼ってあることに気がついた。見に来て欲しいとかそういうことではなく「こんなことやってるんだよ」と教える為に渡した1枚のチラシはアデューの第一回公演のものである。大事に貼っておいてくれたんだと嬉しかった。

感謝の気持ちを込めて手紙を書いて渡したが、Mさんからは私が書いたより何倍も長い手紙と、「マティス」と「ロートレック」の画集などをいただいた。

そして引っ越し当日、「新しい家で食べてね」と茹でたトウモロコシをいただいた。
トウモロコシが入ったその紙袋には保冷剤まできちんと入っている。今度こそ涙が出た。ずっと丁寧に接してくれたMさんに甘えて、この2年間猫達と生きることができたのだと思うと何というか本当にいろんな気持ちがだだもれてきてしまったのだ。それでも「ここで生活できて本当によかったです」と何とか伝えることが出来た。

引っ越しを手伝いに来てくれていた私の母は、その光景を見て、何というか、ぼんやりしていた。私と母よりも年上のMさんがなんやかんや言いながら泣いているのを見て、不思議な気持ちになったんだと思います。

※※
中学1年の時千葉県柏市から東京の田端に引っ越した時は友達や思い出と別れるのがとてもつらくて引っ越しの日に大泣きしたことを今でもよく覚えている。父の運転するカローラから見える町の姿を絶対目に焼きつけておこうと子供心に思ったものだ。

引っ越しでこんなにも寂しい思いをするのはあの時以来だ。

人生において13回目の引っ越しかあ。まだまだ流浪は続くのかしら。

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