内容はアデューブログと一緒
- 2007/03/29
今日は「今更打ち上げ」を開催しました。
公演が終わってもう一週間以上経過しているのですね。役者もスタッフも集まってくると、また稽古でも始めちゃんうじゃないかという気にさえさせられました。
まず、スタッフの松田アキちゃん。私の乱暴なお願いにも決して文句をいうことなくたくさんのことを手伝ってくれました。私のいとこに似ているので妙な安心感を持って仕事を頼めました。二人でくだらない話をして、気分を盛り上げた時もあったね。結局くだらない話かよ、みたいな。今回のスライド写真はほとんど松田さんが私の注文に応えて撮ってくれた写真です。いい写真でした。ありがとうございました。
次に照明の多賀啓二くん。オールツーステップスクール#03「メイキング・オブ・チェーンソー大虐殺」の時からのお付き合いで、今回も無謀且つ低予算公演のスタッフを快諾してくれました。今回は昼と夜の明るさが全く違う場所で彼の美学にも生き方にも近いと思われる優しい明かりを作ってくれました。ありがとうございました。
役者の高山玲子ちゃん。長い付き合いでもはやお互いをけなし合うのが楽しくなりつつありますが、やはり彼女の魅力は「自由、野放し、感覚」です。言葉にするとただの大変な人だけど、そこが魅力だと思わせる力が彼女にはあるのです。今回たくさん演出をさせてもらって、コミュニケーションをとり、彼女の魅力が前よりわかった。生きている人。もっと演出したいなあ。本当にありがとうございました。
役者の渡辺道子ちゃん。突然の登板にも臆することなく、「自分の仕事が何であるのか」ということを役者の体で考えて芝居をする姿は間近で見て勉強になりました。いつも穏やかで優しい人なのに、舞台に上がると全てを支える基盤になってくれる。もっともっとたくさんのことを一緒にやりたいと思いました。ありがとうございました。
役者の細江祐子ちゃん。突然のオファーに緊張していたようですが、しかも演劇の経験が少ないことを気にしていたようでしたが、そのことがマイナスにならずむしろプラスだったように思いました。愛らしい容姿と、一言の重さ。彼女のために書いたセリフを発してくれた時、「書いてよかった」と思わせてくれた。映像だけでなくまた演劇もやって欲しいなあ。ありがとうございました。
テルミン奏者の佐藤沙恵ちゃん。今回テルミン演奏と芝居を組み合わせたいと思いついたことが一つの成功でした。佐藤さんのテルミンを演奏する姿はとても面白く、言葉少ない普段の彼女の「声」のようにも感じます。遊園地再生事業団で一緒に舞台をやっている時より私たちはかなり年齢を重ね変化もしたのですがこうやってまた一緒に仕事が出来てよかった。佐藤さんのオリジナル曲「リンス」はとてもいい曲です。演奏してくれてありがとう。
そして制作の吉岡光晶くん。舞台の制作作業が初めてにも関わらず素晴らしい働きをしてくださいました。いつも私の仕事を気遣ってくれて、決してキレることなく、いつも笑っている。自分の仕事(クラシックコンサートの主催等)も大変なのに、不平を言わない。そこ、見習いたい。不平不満はどうしてるの?穴を掘って叫んでいるのか?もしそれで結構すっきりするなら、私も穴掘ろうかな。ぼこぼこ掘ろうかな。とにもかくにも、ありがとう。
というメンバーで、今日は私の大好きな中華料理屋に行き皆でたくさん食べました。皆うまいうまい言ってくれてよかった。大入り袋は配らずじゃんけん大会で微妙なプレゼントを渡しました。どれをもらってもちょい微妙な。まあ、それぐらいがいいんです。一人だけHDレコーダーであとの人アメ玉じゃあねえ、辛気くさい会になっちゃうでしょ?
今日欠席した本多麻紀さん、手伝いの矢野愛さん、Dさん、Sさん、Hさん、イラストの宮先さん、デザインの相馬さん。手伝って下さった方々。どの人が欠けても今回の公演は成功しませんでした。本当に皆ありがとうございました。
という気持ちで打ち上げ終わり。
私が喋りまくって終わりました。
近いうちに舞台写真をアップします。
太陽/訃報
- 2007/03/28
■アレクサンドル・ソクーロフ「太陽」を見に行く。
■昭和天皇について私なりに思うところはもちろんいっぱいあるので思想的に再確認する作業にもなったのだけど、やはりもう昭和天皇を演じるイッセー尾形さんに尽きるわけで、その演技はは文字通り釘付けだった。画面が暗いから少し寝ちゃったけど。
■昭和天皇という神が人間宣言をする。その葛藤が描かれていた。イッセー尾形さんは顔がすごい。演技の技術ももちろんなんだけど、顔が豊かだった。何故かビートたけしが昔宗教団体「エホバの証人」の信者を演じたドラマのことを思い出し、そこに全く質の違う演技でありながらの共通点を見ていた。一周回って彼らがとても近いところにいるのではないかとか、考える。
■ソクーロフの映画は「静かなる一頁」しか見たことがなかった。「太陽」が見れてよかったと思う。
■家に帰ったら「植木等さん死去」のニュース。
■私は今まで何度「無責任男」「日本一シリーズ」で大爆笑して来たことだろう。子供の頃からスマートな植木等さんが大好きで、2時間ドラマの名古屋嫁入り物語(正確な名前は失念)シリーズは全て見た。のんきそうな谷啓さんが大好きで「谷啓とザ・スーパーマーケッツ」のライブを見たこともある。ハイそれまでョ、スーダラ節は人前で踊ったことさえある。かっこいいのだ、クレイジーは。植木さんの話で「実は平均(たいら・ひとし)のようないい加減な無責任男をやることに抵抗があった」という有名なエピソードがあるが、真面目で実直な方だったというそういうところも好きだった。
■そしてこれはあまり覚えていない(というか知らない)人も多いと思うが、私が小学生の時に「オヨビでない奴!」というテレビドラマがあって、それは当時私が夢中だったアイドル高橋良明が主演なんだけど、祖父/植木等、父/所ジョージ、息子/高橋良明というキャスティングで、親子三代がいいかげんで話にならないという筋書きのドラマだった。私はもちろん毎週欠かさず見ていた。皆適当でいいかげんで大好きだった。ドラマの最後に必ず「オヨビでない?これまた失礼いたしましたー」と言って終了。強く私の心に根をはっているドラマである。高橋良明はこの2年後ぐらいかな?バイク事故で亡くなるのだけど。
■好きな人がどんどんいなくなってしまう。会いたい人、憧れの人がまだまだまだたくさんいるのに。皆死なないで欲しい。
■朝、久しぶりに絵を描いた。楽しかった。
忘れないために
- 2007/03/27
■家で小津安二郎「秋刀魚の味」を見る。
■加東大介と笠智衆、岸田今日子の「軍艦マーチ」のシーンがとても面白かった。三人とも可愛い。このシーンはずっとずっとずっと忘れない気がする。そして「ひょうたん」こと東野英二郎とその娘役である杉村春子がお父さんの泥酔した姿を見て涙を流すシーンは、とても美しかった。小津最後の作品だと言う。秋刀魚が全く出て来ない。時折、町や家が映像に挟まれる。小さな団地の映像は私の郷愁を誘う。私は子供の頃から団地を点々としていたからだ。小さな鉄筋の社宅には哀愁が漂う。
■脱力感に苛まれる。自分に全く自信がなくなった時、眠るか読書をする。今日は松本清張の「空白の意匠」や「遺筆」など短編(またかよ)。それから西原理恵子「ちくろ幼稚園」を読んだ。再読。
あと読みたかった三崎亜紀「となり町戦争」を購入。
■明日は図書館に行って面白そうな本を借りてこうと思う。その前にアルバイトの面接。
■もちろんいろいろ言われて、ゆっくり考えています。哀しくなるような感想にも耳を澄ませています。ところで、小説を書いてみたらいいのではないかととある人からメールを頂き、演劇より向いているのでは?という文面だったのですが、嬉しくもあり、頑張れるか、また新しき目標にもなりうるので、嬉しかったです。そして何故か映画監督の方には「この芝居は映画にした方がいいよ」と言われたのです。しかも二人に。へー。映画を作る自信はないんだけど、演劇を作る自信もないから、同じようなモチベーションで創作出来るといいのだが。
■どうしても心が休まらない。頭の中が嵐のようだ。頭が疲れているんだ。それはわかっているのに。休めない。桜でも見に行き、何時間でもその木の下で座っていようか。そしていつか「秋刀魚の味」の加東大介が軍艦マーチを歌うあのシーンを演じたい。加東大介になりたい。佐田啓二は無理。ちょっと気持ちが悪いしね。
思考
- 2007/03/25
■寝ている時以外は人間何かを考えているのだろうが、私の頭の中はあのことでいっぱいだ。もっと私は私たちは頑張らなければいけない。限界が近過ぎる。あのこととはいわゆる一つの「表現について」なんだけど、甘く見たり気持ちよすぎたり、自意識に過剰に反応したり、世界を見なかったり、そういうことではなくもっと深くしていかないと先がない気がしている。何でこんなことを書いてしまうのか自分でもわからない。しかし、本当にここで踏ん張らなければ、と毎回思っている。この何かが終わった後が重要だ。何度も終わりを向かえている私が跳躍するのは今この時なのではないか。何事にも、限界がある。限界をどのように見るか。どう、かわすか乗り越えるか、それはとても難しい。
■演劇は体がある。意思も声も含めたあくまで純粋な「本人」。編集出来ない体。推敲出来ない体だ。
■編集できないところにいるということを深く考えて、お客さんと接したい。初めての作演出を踏まえそう思う。違和感を編集出来ないこの舞台という特性を大切にしたい。もっと失われてる感覚を取り戻したい。この先何があってもそういう思いを忘れないために。そして私はもっともっと勉強したい。知らないことを知り、人の感覚を知り、大きく行こうと思う。怖がってばかりはいられない気がして来た。どんどん行くには、まずは考えよう。
■長谷川町子「サザエさん旅歩き」購入。力道山が死んだ日のエッセイは涙が出た。長谷川町子も日々胃を痛め悩み苦しんだだろう(胃の切除手術をしている)、煙草も酒もやらず、マンガを描いているときはするめばかり食べていたそうだ。その彼女の厳しさ、苦悩と明るさと深さが垣間見えるマンガエッセイが好きだ。
ママ
- 2007/03/25
■今日の朝、制作neophilia吉岡くんと一緒に「麻雀早苗」に全自動麻雀卓を返しに行く。「麻雀早苗」は早稲田大学正門の前にある小さな雀荘。快く貸して下さった早苗さんに感謝。早稲田の学生さんでもしこのブログを読んで下さっている方がいたら是非とも「麻雀早苗」に足を運んで欲しい。ドアを開ければそこは昭和の香りが漂う、そして何より阿佐田哲也の世界がある!
■昔とある飲み会で岩松了さんの隣に座ったことがあり、私は緊張して何も話せなかったしもはやぼんやりしていたのだが、岩松さんが阿佐田哲也の「麻雀放浪記」の面白さについて滔々と話していたことはとても心に残っている。とにかく「これは読まねばなるまい」と思わせてくれる語り口調で、次の日本屋に行って「青春編」を購入した。小説の途中に麻雀牌の並びが図解されても何が何だかわからない。でも何故かとても面白かったのだった。特に「ママ」と「出目徳」というキャラクターが面白い。泣けるのだ。
※※
■そんなわけで大きな仕事を終えオーディションに行くと、見慣れたシルエットが!渡辺道子ちゃんと遭遇。
■見知らぬ町で見知らぬマッサージ店に入ってみる。何故なら「見知らぬ町で見知らぬ店に入る」のが私の趣味だからだ。看板に「50分5000円→3000円」と書いてあったのが決め手。雑居ビルの6階で、ちょっと怖いが勇気を出して入る。店の中はアジアの雰囲気、こざっぱりしていた。よかった。しかしあまり期待していなかったのだが、驚いたのはマッサージ師が皆トップクラスフェイス。全員仮面ライダーの主役のような顔立ちだった。一人ぐらいかっこ悪い人も働いていて欲しい。皆かっこいいと、安心感がない。安堵感がない。マッサージという名の裸になれないのだ。
■そして私の頭の中では何故か「ギャツビー」のCMソングがエンドレスで流れていた。
■で、ずっとまだ「アデュー」のことを考えているのですが、考えながらも次回のことを考える。たくさん感想メールを頂いたのだが、傾向という程のことかはわからないが今回の芝居は圧倒的に女性から喜んでもらったようだ。男性にはなかなか理解不能だった傾向にある。そういう反応が面白い。まあ、当然の如く男性のことはよくわからないので、もし今私が男性を書いたら「あこがれの存在」みたいな書き方になってしまうのではないだろうか。ギャツビーさんみたいな。そんな訳で、今回の目標の一つとして「女性(特定の、あるいはまだ見ぬ人)のために書こう」と考えていました。私なりにですが。反省山積みですが、今回「女性」に喜んでくれる人が一人でもいたことで助けられました。本当にありがとう、女性。
■次回は憧れのなぎら健壱さんのような人が出てくる芝居にしようかな。私の中の「おっさん」が疼くね、ぎらさんを見ていると。しかしそもそもまたやるのか、私は舞台を。出来るのか。おい、やれるのか、やれないのかい、おれの筋肉、と自分の腕に聞いてみる。
※※
■パリーグ開幕。最近気がついたのだが、私はスポーツ選手の精神に強く憧れている。解説者・高木豊の生え際が自然過ぎるのが気になるところだが、今日はミキティも金メダル獲ったし、大目に見ようではないか!
ふらふらふら
- 2007/03/22
■そういえば昨日の夜は用事があって汐留に行き、その後姉に会って何だかよくわからない丼を食べ、ちょっとお喋りした。姉は私にとって一番の友人である。くだらない問題で大爆笑できる最良の友人だ。
■そういえば私には最良の友人がもう一人いて、その人とは結構な頻度でランチをしたりお茶をしたりしている。大人になってからこんなに話のある友人が出来るとは、とても幸福だ。どうもその人とは深いところで気が合う。嫌悪を感じることと幸福だと思えることとくだらないことに関しての興味が似ているのかもしれない。身内のような感覚さえ感じる時がある。
■私は友人に恵まれている。その友人にも、大阪の幼なじみにも、今回舞台に携わってくれたメンバーにも、オールツーステップスクールで一緒に舞台を作っていた友人にも、いつも助けられている。
■今日は持病の薬が切れてしまい副作用でふらふらだ。主な症状は目眩、耳鳴り、平衡感覚の麻痺、吐き気。しかし我慢出来ないほどではないのではないかと思うと何だかそんな気もしてくる。病は気から。
■夜、ラストソングスの面々に会う。ラストソングスのサイトについて個人的意見を言う。特に彼らのブログである「ラストソングスon stage now」が鈴木将一朗の「マックグリドル」の記事でビタ止まりしていることに言及。皆で笑う。何か他に書くことねえのかよ。私だったら書くことなくても毎日更新するが、そういったことに対して気楽で気ままで笑える人達だ。この三人と話していると何もかもがくだらない方向に流れていく。私はそういうどうでもいい会話に身をゆだねることが大好きだ。
■そしてごくごく近しい人に感謝して、一日が終わる。
3月20日あれから12年
- 2007/03/22
■今日は地下鉄サリン事件から12年。あの日のことは忘れない。一生忘れたくない。何故なら私はあの日地下鉄に乗るつもりだった。千代田線にのるはずだった。家で所用を済ませ、出かけようとしている時にあの報道が始まった。あの日のテレビから流れる映像は本当に怖くてまさかこれが実際に自分が住む場所で起きていることとは思えなかった。
■今日思ったのは「オウムの魅力」についてである。人がオウム真理教に入る理由についてである。それは多くの人が他の新興宗教に入る理由とちょっとだけ違っていたのではないか。修行という行為への憧れみたいなものについて考える。
■12年、いろんなことがあったなあ。
■昼間宮沢さんとお会いした時にそんな話をした。その他「アデュー」の話やどうでもいい話など、8割私が話をしていた。宮沢さんの元に会いにいった(オーディションを受けにいった)のが12年前。私は19歳だった。
■そんなこんなで考えながら組み立てた、段ボール素材の猫。すごく精巧に出来ていて綺麗だ。しかし、うちのナフ夫がすぐに噛んでしまわないかと心配で・・・。
■西原理恵子の元夫、鴨志田譲さんが亡くなったそうだ。42歳、腎臓がん。西原理恵子のマンガを読むと彼はかなりのダメ男で、でも憎めない存在で、アル中が原因で離婚した二人は、昨年また家族として復縁していたそうだ。子供が二人、42歳か。何だか私も哀しい気分になる。家族の形はいろいろある。人もいろいろだ。型にはめられない。ただ、人は成長することが出来る。変化することは出来る。私も成長出来るように頑張るしかない。気がついたことだが、私は苦しんでいる人が好きだ。苦しんでいることを隠そうとする人は好きだ。面白い。達観した人にはあまり興味がない。確立した人は面白くない。じゃあ、私は一体どうなんだ、君は一体どうなんだ、と自分に問いかけたまま眠くなる。
■総じて自分の心の狭さと自分の古さと歪みに、まだまだ先がある気がして来たぞ。面白い。
公演が無事に終わった
- 2007/03/20
■アデュー公演が無事に終わりました。ご来場下さった皆様、本当にありがとうございました!
■まず、事件だ。宮沢章夫さんが見に来てくれて日記に感想を書いてくれた。まず、見に来たことに驚いた。そして感想には結構厳しいことが書いてある。しかし私自身は実はとても嬉しかった。まさか感想を書いてくれるとは思っていなかったのだ。私にとって、宮沢さんに演出した舞台の感想を書いてもらったこと、そのこと自体がもうものすごいことである。「本当に?」と思う人もいるかもしれない。「謙遜だ」と思う人もいるかもしれない。しかし正直言って本気で書いてもらえると思っていなかったんだすよ。だからダメ出しが嬉しくて仕方ない。しかも書いてあること全てその通り。私は昔から麻雀をやっている人を見るのが大好きなので今回の舞台で麻雀をしている女の子達をチャーミングに書けたらとは思っていたが詰めが甘かった。麻雀は難しいのだ。付け焼き刃では出来ないゲームである。むしろ麻雀の出来ない女達にすればよかったのだ。というか、麻雀など大して出来ない女達が何故が集う「夢の雀荘」という想定があって、その点の書き方が全く出来ていない。稽古中にその話をした際に高山玲子が「じゃあ、雀荘にファルコン(映画「ネバーエンディングストーリー」に出てくるおばけ?)でも飛んでたらいいね!」と言ったのだが、今思えばそういうことだったのかもしれない。違うか。稽古不足は正直否めない。私の責任だ。役者さんともっともっと稽古したかった。と、そういう部分は宮沢さんのご指摘通りであり、そのことにいちいち嬉しく思った。そしてあの超高級和菓子を差し入れて下さった。・・・・ただただ、美味かったよ・・・・。泣けるよ・・・。
■舞台が終わったあとに皆で歓談している場で、舞台を見に来てくれた井苅智一さんが何気なくそのお菓子をぺろりと一口で食べてしまったのを見て宮沢さんは震える程驚いていた。
■そしてnibrollの矢内原美邦さんもブログに感想を書いてくれた。正直嬉しかった。あと「芝居をしている笠木さんが好き」と書いてくれたことなんだけど、これにもまた驚いた。私は自己評価の低い人間である。個性も技術もない自分の何がいいのかさっぱりわからない(美邦さんのブログを読むとこれまた「私はダンスが苦手」とか「自分のダンスが下手だ」とか書いてあってそれには素直に驚くのだがそれはもっとレベルの高い話である)。役者さんで自分の魅力をわかっている人がうらやましい。しかし、今回初めて演出をしてみて思ったことは「演出家は役者を愛してしまう」ということだ。演出の目を持ってみると、役者一人一人の個性が浮き出て見える。例えばですが、今回出演してくれた高山玲子の魅力と渡辺道子の魅力は全く違うが私にとってはどちらも魅力的だ。美邦さんが演出家の目で私を見てくれた時、そういう風に思ってもらえる瞬間があったのなら幸福だ。何故なら私は矢内原美邦という人が大好きでたまらないからだ。あのエネルギー、生きているスピード、表現する力、顔、ダンス、全部好きだ。普段の素顔も大好き。なので、感想書いてくれて嬉しかったです。ありがとうございました。
■boku-makuhariの岩崎くんも何だか照れるような感想を書いて下さった。その他酷評を下さった皆さん、面白かったと言って下さった皆さん、どちらも非常に嬉しかったです。拙い作品に足を運んでいただき本当に感謝しております。
■この戯曲(と呼べるかはわからんが)は、かなりぎりぎりの感じが自分でもしている。多くの人に言われたことは、「非常に笠木さんらしい」「笠木さんそのものだ」と言うことで、その感想には正直驚いた。そうでもない、そんなでもないと思っている自分がどこかにいるのだ。しかし、やはり、今回は初めてということもあり、初めに考えたのは「自分の書けないことは書かない」ということだ(それで宮沢さんの麻雀の指摘は痛かった。書けないくせに書くんじゃない!と自分に喝を入れた)。それで女の人を書こうと思った。私は女という性にあまり魅力を感じていなかった時期がある。そういう部分も含めて女性であると最近思うのだが、とにかく今回は私なりの「女の子が頑張っている話」しか書きたくなかった。それで、上記の感想をいただき、それは結局自分のことを書いているに過ぎないのだと思った。自分の中の女性を引っ張り出して来て役者に表現していただいたのだ。それは作品としてアリかナシかといわれたらまだわからないが、筆をとればすぐに暗くなるような自分の中の「ナイーブ」を軽くし、「希望」を描きたいと思う自分に気がついた。それが今現在の私の出来る表現だと考えたのだ。
■しかし私はまだまだ先が長い人生の中にいる。人生の中にいるということを書きたかった。しかしまだまだ書けない。
■もっと勉強しようと思う。
■初作品に非常に嬉しいアンケートをいただいた。「また是非見たい」とか「また書いて欲しい」とか、いちいち胴上げしたいぐらい嬉しい。勝手に直筆サインをして送りつけてやりたい(迷惑)。「もっとこうして欲しい」など厳しいアンケートを読むとあっという間に地に叩き付けられる。
■イラストを描いて下さった宮先さんがわざわざ京都から見に来てくれた。初めてお会いした。絵から受ける印象通りの人で、嬉しくなった。もし、鬼みたいな容姿の人だったらどうしようと思っていたのだがご自身の描かれるイラストの雰囲気を持ったとても優しそうな方だった。またいつか一緒にお仕事したいなあ。ありがとうございました。
■そんなわけで私は猛省をしつつ、次の舞台は何と「劇団、本谷有希子」である。先日久しぶりに本谷さんとお話しした。とにかく、かっこよかったのだ。驚いた。以前(と言っても出会ったのはもう8年ぐらい前だと思うのだけど)の印象は可愛い人。今はかっこいい大人。で、トップページにもあるが、宣伝写真がすごいことになっていた。・・・・体力をつけねば。
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